午後1時に高円寺駅で待ち合わせしたのは、全部で6人。
ぼくとアコも含めて、男性3人、女性3人。それぞれ、トモダチをさそって集まった。
「えーと、この人は、ぼくの大学時代のトモダチでSくんです。」
なんて紹介していると、いえを通じてトモだちになろうという『いえトモ』が、
いえで合コンの『いえコン』になりそうな気配だ。
まあいくぶんはそんな意識もあって、もしかしたらこの企画中に
アコの婿が見つかるかもしれない。
それはそれでメデタイ。
駅からタクシーで行こうと主張する軟弱なアコを押し切って、
大塚さんのいえまで15分ぐらい歩くことにした。
ぼくは、どんないえかを知るには、その周辺環境も
肌で感じた方がいいと思っている。
ホントは、いろんな街をのんびり見て歩くのが
好きなのかもしれないけど。
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大塚さんのいえに行くのは、これが2回目。ぼくが地図なしに案内できるのは、
実は6年ぐらいこのあたりに住んでいたことがあるからだ。
というわけで、今回は知らない街ではなく久しぶりの街を散策しながら
大塚さんのいえに向かった。
大塚さんが、育ったのは、西荻窪。つい先日、事務所は阿佐ヶ谷に引っ越した。
そして、自宅が高円寺。「これで中央線の三冠王」だと本人が自慢する。
この3つの駅は、なぜか休日は快速電車が止まらない。中央線の中でもデープな駅だ。
ぼくの場合、同じ中央線でももっと郊外の静かな国立で生まれ育ったので、
高円寺に引っ越してきたときには、カルチャーショックをうけた。
空が狭い。カラスの大群が住んでいる。コインシャワーがある。
などなど言い出したらきりがない。
もちろん、下町らしいよさもあって、物価が安く、まだまだ商店街が元気な街だ。
どうやら大塚さんは、こんなごちゃごちゃしている人間臭い中央線沿線の街を
心底愛しているらしい。
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住宅街の一角にある大塚さんのいえに一行が到着。
実は、この日は午前中から先客があった。
某男性誌の連載の取材だ。
取材しているのは、建築業界では、知らない人はいない
編集者のU氏と、カメラマンのF氏だ。
ちょっと緊張する。取材はすでにおおづめを迎えていた。
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ぼくら変な一行は、先客にくらべると、どうみても遊びにきましたという感じだ。
さっそく、それぞれが持ち寄った酒などをだしながら、大塚さんと奥さんに、
軽くメンバー紹介をすますと、乾杯もなくそれぞれにビールを飲みはじめる。
思い起こせば、はじめて大塚さんのいえに来たときもこんな感じだった。
ぼくの弟夫婦がいえを建てることになり、設計をお願いしている若手建築家のNさんが
参考にとにつれてきてくれたのだ。
オマケでついてきたぼくも、大塚さんの人柄にはまり、すすめられるままにビールをのんで、
はじめて来たいえにもかかわらず遅くまでゆっくりとくつろいでしまった。
それほど、居心地のいいいえなのだろう。
もちろん、この居心地の良さは、ぼくだけのものではなくみんなが感じるものらしい。
それが証拠に、この日も午後1時30分ぐらいから飲みはじめて、
みんながこのいえを出たのが9時近く。実に7時間以上も飲み続けたことになる。
正直、このレポートを書いている時点で、そんなに長い時間いったい何を話たのか
あんまり覚えていない。
これじゃあ『いえトモ』じゃなくて『いえノミ』かもしれない。
いっしょに飲んだメンバーには、
建築にあまり詳しくない人もいたため、
建築家で一番有名なのは誰かという話にはじまって、
建築家に設計を頼むならどうすればいいか
というまじめな話もしたように思うし、
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大塚さんが最近はじめた手掛けた映画の美術が賞をとった話とか、
どうして演劇が好きなのかなんて話もしたかもしれないし、
大塚さんみたいな建築家と美人で優しい奥さんがいっしょになった理由とか、
もちろん住みはじめて3年になるこのいえを建てた経緯はどうしてで、
住み心地はどうなのかとかいういえにまつわる話もしたように思う。
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そうそう、かなり酔っ払ってから、
ようやく内部の見学らしきものもおこなったけど、
みんなちゃんとみていたかどうかあやしい。
それより、地下にある横尾忠則のポスターや
アラーキーの豪華写真集などなど、
大塚さんのお宝の方がインパクトが強い。
いえは、そこに置いてあるモノで、
こうも雰囲気が違うんだとあらためて思った。
大塚さんってこういう人なんだというのが伝わってくる。
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「このいえに住むようになって、ますます無理しなくなったね。」というような意味のことを
大塚さんが話ていたのが印象的だった。ぼくもいえを建ててから3年になるけど、
やっぱり自分のいえがある安心感みたいなものってあるのかもしれない。
大塚さんは、自分らしさが充満するこのいえをベースに、
これからますます中央線的生活を大事にしていくんだろうなあ。