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  家づくり体験コラム
『9坪の家 その後』 written
by 萩原修
04 2001/01/22 「帰って来た『9坪の家』」
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9坪の家である自邸「スミレアオイハウス」が2000年JID賞インテリアスペース部門賞 を受賞した。
この賞は、40年以上の歴史と、約600人の会員のいる「社団法人日本イン テリアデザイナー協会」が
主催しているものだ。
もちろん、受賞したのは、ぼくではない。 「スミレアオイハウス」の設計をてがけた小泉誠さんである。
あの有名な建築家の藤森さ んや山本さんと並んでの受賞である。ひとごとながらなんだかうれしい。
このJID賞の展覧会と授賞式がおこなわれたのは、偶然にもぼくの働いている
リビング デザインセンターOZONEである。
会場で6階にあるリビングデザインギャラリーは、今後を担う建築家やデザイナーの発表の場として、
OZONEができた94年から、ぼくが担当とし て運営しているスペースである。
誤解のないように言っておくけど、「スミレアオイハウ ス」が受賞したからと、この会場を貸したわけではない。
受賞の決まる前から展覧会の開 催は予定していた。
考えてみると不思議である。
ちょうど2年前の1999年1月。OZONEの3階にあるパ ークタワーホールで開催された「柱展」に
戦後住宅史に残る名作「増沢邸」の軸組が再現 された。
ぼくは、この軸組に一目惚れし、この柱と梁を使った自邸建築へと邁進する。
それから2年後。ふたたび「9坪の家」がOZONEに帰ってきた。
今度は「スミレアオイ ハウス」として、写真パネルの展示である。
ぼくは、テレビでよく見た「帰って来たウ ルトラマン」を思い出していた。
初代ウルトラマン、ウルトラセブンと続きしばらくして 登場したのが「帰ってきたウルトラマン」だ。
この番組のよくわからないのは、帰って来たウルトラマンといいながら、
初代のウルトラ マンが地球に戻ってきたわけではなく、初代に似ていながらも時代感覚からなのか、
ちょっと あか抜けした新しいウルトラマンだったことだ。
子供ながらに、この新しいウルトラマ ンと初代のウルトラマンの関係がよく理解できずに悩んだ記憶がある。
それに、初代の方 が好きな友達と新しい方が好きだという友達がいた。
そう、「増沢邸」と「スミレアオイハウス」の関係になんだか似ていなくもない。
同じようでいて違う。そうそんな感じなのだ。
1月13日の日経新聞で建築評論家の飯島洋一さ んが「スミレアオイハウス」のことを話題にしていた。
テーマはリメイクだった。
「スミ レアオイハウス」は音楽や映画の世界では認知されているリメイクの建築版ではないかと 言う。
その通りなのかもしれない。
受賞式には、ぼくら家族4人も小泉さんを祝福しようと花束をもってかけつけた。
かけつけたと言ってもぼくの場合は仕事でもある。なんだか変な感じである。
それに何人からも「おめでとう」と言われる。
「いやいや、ぼくは、単なる施主で・・・」と妙に照れてしまう。
まあ、何はともあれ、小泉さんおめで とう。
万歳。これで少しは、わがままな施主につきあった苦労がむくわれましたか?
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他人の目が届く家!!
2階まで吹き抜けた1階食堂兼居間。大きなガラス戸からは光がさんさんと入り、
庭 の向こうの道行く人たちの姿も眺められる。
休みの日にお昼を食べていると、まるで 「オープンカフェにいるような錯覚」に陥るとか。
道路からは5メートルほど離れて いるので、さして人の視線は気にならない。
が、萩原さんは著書で、「家族と家との 関係」について、以下の目のさめるような持論を
展開する。
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《現代の家族は、どうやらたくさん問題を抱えているらしい。
(中略)ぼくが考えるに どうも問題は「家族のための家」という考え方自体に潜んでいるような気がしてなら
ない。
家族しか目の届かない場所。そこでは、何をしてもいいという意識。
「自分た ちの家なんだから、勝手でしょ」というのが間違っているのではないか。
やっぱり、 家には他人の目が必要だ。他人の目があってはじめて家と家族が成立するのではないかと思う。
他人の目とは、親戚かもしれないし、隣近所かもしれないし、友達かもし れない。・・・》
すごいッ! けだし、慧眼である、と思う。
撮影/村角創一 |
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