  建築家のコラム
『家づくりの会 連載コラム』
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宿場町から学ぶ「用の美」 |
笠原顕司/笠原顕司建築創作所 |
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「古きを温めて新しきを知る」という観点で、私はかねてから次のよ うな研究を続けてきました。
それは昔の宿場町や民家にはどんな建築技法が使われ、
それがそこで 生活する人たちによってどのように生かされ、
そして時代とともにいか に変わって来たかを知ることです。
こういう積み重ねは、これからの私たちの住まいの設計の上でも貴重 なヒント、
あるいは知恵になると思います。先人の考えた「用の美」は、 それが機能的で生活に息づいている限り、
簡素な風情、風格を漂わせて いるものです。
その中でも特に玄関開口部やファサード(正面)のディテールは、
建主の方にも設計者にとっても興味をそそられる部分ではないでしょうか。
今回はその宿場町の中から、長野県東御市の旧北国街道沿いにある、
「海野宿の富士屋」玄関戸例を披露しようかと思います。
研究にはまず現場の調査から始めますが、まず住人に事情を説明し、
協力を取り付け、 メジャーで測り記録し、それをスケッチし、写真に撮 り、
更に事務所に帰ってからフリーハンドで図面化します。
これがけっ こう地味ながら大変な作業で、寸法も時々測り直しを余儀なくされる。
海野宿のように人通りが少ない所は仕事がはかどりますが、旧中山道の 奈良井や 妻籠のような
観光客が多い宿場は、見物する人が多く、また人 混みでやりにくいこと請け合いです。
格子や玄関のデザインはその場所によってかたよりが見られ、
例えば 通りに面する格子のデザインでも微妙に違い、太かったり、華奢だった り……。
格子は防犯の意味合いもあり、当時の農民一揆の反乱防止など という時代背景も見えます。
玄関の扉のデザインも同様に様々。江戸時代は大きな片開きの木戸に片 引きの子扉が付き、
その子扉が出入り口で、木戸と障子の2枚組になっ ているものが多かったようですが、
明治になってからは、これが引き違 いの扉だけに変わったものが多い。
時代の変遷と共に、住人によって建物にもその時々で手が加えられ、
使いやすく機能的な玄関に置き換わってきた様子が窺えます。
笠原顕司/笠原顕司建築創作所 |
法政大学工学部建築学科卒。東京で工務店や幾つかの設計事務所勤務を経て、
1981年現事務所を設立。趣味は映画観賞と絵画など。
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